本当は難聴に苦しんでいたベートーヴェン

手紙の中で苦しみを告白するベートーヴェン
ベートーベンは友人への手紙や遺書で難聴に対する苦しみを告白しています。
友人F. G. ヴェーゲラー宛の手紙(1801年6月・11月)
- 過去3年間、私の聴力は徐々に悪化している
- 昼夜を問わず、私の耳はずっと鳴り響いている
- 楽器や歌手の高音がまったく聞こえない
- 人が小さな声で話すとほとんど聞こえない。音は識別できるが、言葉が聞き取れない
- 誰かが大声で叫ぶのも耐えられない
- 他の職業ならまだしも、私の職業(音楽家)においてこのような状態は本当に恐ろしい
ハイリゲンシュタットの遺書
※1802年、弟宛に遺書は書いたが投函せずその後も生き抜く
- 完全に孤立し、必要な時以外は社会に出ず、流刑者のように生きなければならない
- そばにいる人が遠くのフルートの音や羊飼いの歌声を聞いているのに、自分には何も聞こえない時の屈辱
- 全くもって惨めな人生を長引かせている。(死は)果てしない苦しみからの解放
- (一方で)自分が生み出すべきだと感じるものをすべて生み出す前に、どうしてこの世を去れようか
- 私の死後、主治医が生きていたら私の病気を分析してほしい。そして世界の人々が少しでも死後の私と和解できるようにしてほしい
難聴による社会的孤立
ベートーヴェンは先ほど紹介したヴェーゲラー宛の手紙で「過去2年近くすべての社交を避けてきました。なぜなら、『私は耳が聞こえない!』と人々に言うことができないからです。」と告白しています。
ベートーヴェンは難聴が悪化したことによって「難聴であることを人に知られてしまう恐怖」から社会的孤立を選びます。
ベートーヴェンが認知症だったという記録はありませんが、医学論文誌 The Lancetに掲載された論文により「難聴が認知症の最大リスク」ということが知られるようになりました。
その理由の一つが「難聴によって人と交わらなくなり会話が減り、認知機能への刺激が減少する」からです。難聴による社会的孤立が認知症リスクを高めるということになります。逆に言えば、人との関わりを持ち続けることが重要だと言えます。
音は聴こえるのに言葉としては理解できない
ベートーヴェンは音域によっては全く聴こえない状態でしたが、聴こえる音域においても「人が小さな声で話すとほとんど聞こえない。音は識別できるのだが、言葉が聞き取れない」という症状を訴えています。
これは高音域が聴こえなくなったことによって、主に高音域で構成される「子音」の識別が難しくなり、音は入ってきてもモゴモゴとしか聴こえなくなった可能性があります。
ベートーヴェンのケースとは異なるとは思いますが、最近話題になっている「APD(聴覚情報処理障害)」も、音は入ってきているのに言葉として理解できないという症状を指します。
<neumo 若林龍成(りょうせい)メモ>
ベートーヴェンが難聴であったことは広く知られていますが「天才」のイメージが強すぎて、「難聴を克服した天才」というイメージがあるような気がします。
でも実際はヴェーゲラー宛の手紙や遺書(実際は投函せずに生き抜いた)にあるように、一般的な人々と同じように(もしかしたら、それ以上に)難聴に苦しんでいたことが分かります。
当時とは異なり様々な治療法や補聴器・人工内耳などがありますが、やはり聴こえないというのは辛いと思います。
音量という意味での聴力はトレーニングによって回復はしませんが、騒がしい中での聴こえを担う聴覚脳はトレーニングが可能です。ご興味がある方はLINEからお問い合せください。


